「最近物忘れが気になる・・・」

「道に迷うことが多くなった」

「お金の計算を間違うようになった」

「怒りっぽくなった」

このような症状で思考力・判断力・記憶力に問題が生じ、日常生活に支障がでている場合は認知症の可能性が高くなります。65歳以上の4人に1人は認知症の可能性があり、非常に身近な病気の一つです。

認知症の中には治療薬が有効な場合もあるため、早期発見が大切です。本記事では、認知症の診断と治療法に焦点をあてて解説します。

アルツハイマー病以外にもある認知症の種類

認知症には複数の種類がありますが、共通して以下のような症状がみられます。

認知症の種類によらず、でやすい症状

  • 新しいことを覚えられず、すぐに忘れてしまう
  • まとまりのある話し方や書き方ができない
  • 慣れ親しんだ周囲の環境が認識できない
  • 複雑な作業を計画したり行うことができない

アルツハイマー病

アルツハイマー病は認知症の約60~80%を占めます。どのように発症するのかまだ正確には解明していませんが、 「ベータ・アミロイド」と呼ばれるタンパク質が沈着し、脳神経が損傷を受けることが原因とされます。

血管性認知症

脳の血管が血栓や脂肪で詰まり、血流が減少して脳の一部が損傷を受けることが原因です。脳卒中を患ったことのある人や脳卒中のリスクがある人、特に長年にわたって高血圧や糖尿病を患っている人に多く見られます。アルツハイマー病と併発することもあります。

レビー小体型認知

脳細胞内の異常なタンパク質(レビー小体)によって引き起こされる認知症です。認知症の典型的な症状だけでなく、ふるえ・こわばり・歩くのが難しいなどパーキンソン病とよく似た症状が特徴です。

また、幻覚(人がくっきり見える)が見えることもよくあります。当院の患者さんでは、「幽霊が毎日水を家の中にまいて水浸しにする」「タンスの中に人が隠れている」といった幻覚を訴えていました。

レビー小体型認知症では、睡眠中に夢を現実のものとして行動に移すことがあります。人が襲ってきた夢を見た場合はパートナーをに暴力をふるってしまうこともあり、怪我につながる可能性もあります。この症状は「レム睡眠行動障害」と呼ばれます。投薬治療が可能ですので、必ず医師と相談してください。

パーキンソン病性認知症

パーキンソン病の経過の後半に認知症が発症することがあり、その症状はレビー小体型認知症と非常に似ています。

前頭側頭型認知症

アルツハイマー病と同様に異常な脳タンパク質の沈着と脳細胞の減少が原因となりますが、沈着するのはベータ・アミロイド以外のたんぱく質です。

名前の通り脳の前頭葉と側頭葉が影響を受けます。

前頭葉が障害を受けると、性格の変化や不適切な社会的行動(暴言、自分本意な行動や万引きなどの反社会的な行動をとるようになる)、同じ行動や言葉を繰り返す、などが見られます。

側頭葉の障害では、言葉がうまく出ず、会話や筆記が苦手になります。

前頭側頭型認知症は通常、アルツハイマー病よりも早い年齢で発症しますが、まれにしか見られません。

混合型認知症

高齢者(80歳以上)では、認知症の原因が複数あることがあり、アルツハイマー病と血管性認知症の両方が原因となっている場合がよくあります。

その他の認知症

長い間、継続的に脳にダメージが加わることも認知症の原因となります。慢性アルコール中毒の人や、頭部に繰り返し外傷を負った人(プロスポーツ選手など)にも起こることがあります。

認知症になりやすい人の特徴

認知症を発症を確実に予測する方法はありませんが、認知症になりやすい要因は判明しています。

高齢

認知症の最大のリスク要因は年齢です。60歳未満では認知症はまれですが、80歳を超えると非常に多くなります。例えば、80歳から85歳では約6人に1人、85歳以上では約3人に1人、90歳以上ではほぼ半数が認知症を発症しています。

両親や兄弟が認知症

認知症には遺伝的要素を持つものもあり、特にアルツハイマー病は家族で発症しやすい傾向があります(特に両親または兄弟姉妹)。家族が70歳未満でアルツハイマー病を発症した場合、そのリスクは最も高いと考えられています。一方、アルツハイマー病になるのが高齢になってからであれば、リスクは低くなります。

アルツハイマー病を発症するリスクを高める遺伝子(APOE epsilon 4)が発見されています。しかし、この遺伝子を持つ人々でも、90歳までにアルツハイマー病を発症するのは約半数にとどまり、他の要因も関与している可能性が高いです。遺伝子検査は、研究調査に参加している場合を除いて推奨されていません。

生活習慣病や喫煙

高血圧、糖尿病、喫煙、飲酒は認知症のリスク要因である可能性があることが示されています。

運動をしない

運動の習慣があり、身体機能がよい人は認知症になりづらいとされます。

人づきあいが少ない

人や社会と関わりが多く、気持ちが元気な人は認知症を発症する可能性が低くなります。

典型的な認知症の経過

加齢による物忘れは心配不要

記憶の問題は、初期の認知症のサインではないかと心配する人は多いでしょう。しかし、記憶の問題の中には、単に加齢によるもので、心配のないものもあります。

例えば、電話番号や短い指示を覚えるのが少し難しくなったり、馴染みのある人の名前がすぐ出てこなかったりするのは、よくある老化現象です。新しい情報を覚えたり処理するスピードが遅くなるのも、自然な変化です。

こうした加齢による記憶の変化は、通常は軽度で、日常生活に支障をきたすほどではありません。また、時間の経過とともに急激に悪化することもありません。。

認知症の一歩手前の状態、軽度認知障害(MCI

日常生活や仕事でちょっとした記憶のトラブルがあり、かつ、専門的な記憶テストでも軽い問題が見つかった場合、「軽度認知障害(MCI)」と診断されることがあります。

軽度認知障害(MCI)は、将来的に認知症に進行する可能性があるため、注意が必要です。定期的な検査や観察を通して、症状が悪化していないか、注意深く見守る必要があります。

ただし、軽度認知障害(MCI)と診断されても、必ずしも認知症になるわけではありません。一時的なものや治療可能な原因による場合もあります。中には、症状が長期間変わらない人や、改善する人もいます。

アルツハイマー病の進行の仕方

認知症の症状はほぼ必ず進行します。一方で、症状の進行速度は人によって大きく異なります。 診断から5年以内に重度の認知症になる人もいれば、10年以上かかる人もいます。 アルツハイマー病のほとんどの人は、アルツハイマー病自体が原因で死亡するのではなく、肺炎、膀胱感染症、転倒による合併症などで死亡します。

初期の症状
同じ話を繰り返したり、質問を繰り返したり、覚えておくために同じ内容を繰り返すようになります。「さっきも言ったでしょう」や「何度も言っているでしょう」と言ったことに気づいたら、アルツハイマー病を疑い始めるべきかもしれません。

・物事に対して適切な言葉が見つからない
・集中力や判断力の低下
・代金の支払いや料理など複雑な作業ができない
・慣れた場所で迷子になる
後期の症状
アルツハイマー病が進行すると、性格や行動の変化が顕著になります。

・怒りや敵対心の増大、時には攻撃的な行動。うつ状態になったり、無気力になる。
・睡眠障害
・幻覚
・被害妄想(誰かが家に侵入した、家族が偽者にすり替わった、配偶者が浮気をしている、所有物が盗まれた)
・人、時間、場所がわからなくなる
・食事、入浴、着替えなどに介助が必要になる
・失禁(膀胱や腸のコントロールが困難になる)

血液検査と頭部MRIが認知症の診断では重要

本人や家族から情報を収集し、認知症の診断と認知症の種類を特定します。その後、記憶力やその他の認知機能のテスト(長谷川式やMMSE-J)を実施します。 これらのテストは何度か繰り返すこともあります。

血液検査

電解質(ナトリウムやカルシウム)、ホルモンの異常(甲状腺など)、ビタミン不足、梅毒などを調べます。

これらの異常があると認知機能に影響がでることがあります。

頭部CT・MRI

水頭症や脳梗塞などが認知相と似たような症状がでる脳の病気が隠れていないか評価するため、脳の画像検査(通常はMRI)を行います。 認知症の種類によって特徴的な脳の変化があるため、MRIは認知症の種類を特定するのにも役立つことがあります。

通常は行いませんが、PETスキャンではアルツハイマー病の人に見られる異常なタンパク質を検出することができます。レカネマブ(レケンビⓇ点滴静注)などの新しい薬を使用する前に行うことがあります。

認知症では悪化要因をまず治療する

治療方法は認知症の種類によって異なります。 脳血管性認知症では、脳へのさらなるダメージを軽減するために、血圧とコレステロール値をコントロールすることに重点を置きます。パーキンソン病による認知症では、レボドパなど専用の薬を用いることがあります。

聴力と視力がさがると認知症が悪化する

難聴や視力障害は、理解や記憶の妨げとなる可能性があります。認知症があると症状をうまく訴えることができない場合もあるため、一度は眼科や耳鼻科で検査を受けてください。

薬物治療: 特効薬は存在しない

アルツハイマー病の薬はどれも病気を治すものではなく、時間の経過とともに患者の状態は悪化します。薬は病気の進行を止めることが目的ではありません。病気の進行がゆっくりとなり、患者と家族がおだやかに過ごせる時間を少しでも長く保てるように薬を処方します。

症状の進行を遅らせる薬

現在、アルツハイマー病を完治させる治療法はありません。

メマンチンはアルツハイマー病の進行を遅らせる可能性がある薬です。 めまいが最も一般的な副作用であり、攻撃性や幻覚が一部の人で悪化する可能性があります。 通常、中等度または高度の認知症患者には、コリンエステラーゼ阻害剤と併用して使用されます。

アルツハイマー病に関連するアミロイドタンパク質を減少させる薬として、日本ではレカネマブ(レケンビⓇ点滴静注)、米国ではアデュカヌマブ(商品名:アドヘルム)が承認されています。軽度のアルツハイマー病の方で病気の進行を遅らせるのに役立つ可能性が報告されています。非常に高額な治療であること、使用できる医療機関に限りがあること、定期的な注射が必要なこと、脳腫脹や脳出血による死亡などの副作用があること、といった欠点があります。認知症の進行抑制も「控えめ」な効果しかないこともあり、現状ではあまり使用されていません。

記憶障害を改善する薬

コリンエステラーゼ阻害薬と呼ばれ、アルツハイマー病による記憶障害の治療に用いられます。

  • 塩酸ドネペジル
  • リバスチグミン
  • ガランタミン

アルツハイマー病では減少する、アセチルコリンと呼ばれる化学物質を脳内で増やして作用します。吐き気、嘔吐、下痢、体重減少などの副作用を引き起こすことがあります。また、心拍数の低下や失神の原因となることもあります。就寝時にコリンエステラーゼ阻害薬を服用すると、非常に鮮明な夢を見ることがあります。

残念なことに、実感できるほどコリンエステラーゼ阻害薬の効果がみられる方はほとんどいません。症状の改善が見られない場合や、副作用が気になる場合は、薬の服用を中止を検討します。薬の服用を中止して症状が悪化した場合、薬の服用を再開することもあります。

イライラ・興奮・幻覚・徘徊を改善する薬

興奮・不安・イライラ・徘徊・幻覚・妄想などの症状は認知症の進行に伴って悪化します。

抑肝散など漢方薬を使うこともありますが、効果は限定的です。抗うつ薬や抗精神病薬を使うと穏やかになることが多いですが、副作用や死亡リスクが増えるため、必要性をよく検討してから処方します。

認知症ではうつ病を合併することが多い

うつ病が疑われる場合は早期に薬物治療を行うことが重要です。

うつ病は特に認知症の初期段階でよく見られます。うつ病でも記憶力や判断力が低下するため、気分的な落ち込みがないかしっかり評価することが重要です。うつ病があるか判断するため、以下のような質問票を用います。

No.質問事項回答
1毎日の生活に満足していますかいいえはい
2毎日の活動力や周囲に対する興味が低下したと思いますかはいいいえ
3生活が空虚だと思いますかはいいいえ
4毎日が退屈だと思うことが多いですかはいいいえ
5大抵は機嫌よく過ごすことが多いですかいいえはい
6将来の漠然とした不安に駆られることが多いですかはいいいえ
7多くの場合は自分が幸福だと思いますかいいえはい
8自分が無力だなあと思うことが多いですかはいいいえ
9外出したり何か新しいことをするより家にいたいと思いますかはいいいえ
10何よりもまず、もの忘れが気になりますかはいいいえ
11いま生きていることが素晴らしいと思いますかいいえはい
12生きていても仕方がないと思う気持ちになることがありますかはいいいえ
13自分が活気にあふれていると思いますかいいえはい
14希望がないと思うことがありますかはいいいえ
15周りの人があなたより幸せそうに見えますかはいいいえ
老年期うつ病評価尺度(Geriatric depression scale 15;GDS15)
1、5、7、11、13 には「はい」0 点、「いいえ」に 1 点を、
2、3、4、6、8、9、10、12、14、15 にはその逆を配点し合計する。
5 点以上がうつ傾向、10 点以上がうつ状態とされる。

認知症を悪化させる要因を適切に治療する

  • 不眠症
  • うつ病
  • 尿路感染症や肺炎などの感染症
  • 痛みや身体的な不快感
  • 薬の副作用

上記はいずれも認知症の症状を悪化させます。定期的な診察を行い、早期に見つけて治療するのが重要です。

認知症の方の安全対策

認知症患者の多くは、自分の身体機能や認知機能が低下していることに気づいていません。日常の活動を通常通り続けようとします。身体的な危険につながる可能性があるため、介護者は患者本人や他の人に危険な状況を回避する方法を考える必要があります。

ご家族だけでの対応が難しい場合、各自治体の支援センター(柏原市は地域包括支援センター)に早いうちから相談したり、介護保険の申請を行うことも大切です。

薬の管理をサポートする

飲み忘れや誤飲を防ぐため、薬の種類や服用時間を明確にし、管理をサポートすることが大切です。

誤飲を防ぐために、薬棚に鍵をかけることもあります。

訪問看護、訪問薬剤指導などを受けることもできます。また、一部の薬による危険な副作用のリスクも高くなりますので、医師と相談して処方内容を整理することも大切です。

運転について話し合う

認知症の方では病気が進行するにつれて、交通事故に遭うリスクが著しく高くなります。運転については認知症が進行する前から話し合うのが最善です。

軽度の認知症がある方の多くは、近所や昼間であれば安全に運転できると主張します。その時点では正しいかもしれませんが、本人が運転の制限に同意したことを忘れてしまう可能性があります。さらに、運転の制限があっても安全に運転できる能力は、時間の経過とともに低下していきます。事故のリスクを考慮し、運転能力の評価や代替交通手段を早期から検討しましょう。

認知症が進んだ方の場合、公安に報告することも可能ですので医師と運転についてご相談ください。

処方された薬を飲むのを忘れてしまったり、どの薬を飲めばよいのか分からなくなったりすることがよくあります。

料理中の火に気を付ける

注意散漫や物忘れなどの症状がでるため、ガスコンロの使用中にやけどや火災などで負傷する可能性があります。ガス調理器具は特に危険が大きいため、事故や怪我の可能性がある場合は、ガス会社に連絡してガスコンロを止めてもらう場合もあります。

IHクッキングヒーターはガスコンロよりは安全ですが、機種によっては使用中も色が変わらないため、不慮のやけどの危険性があります。

徘徊する場合は目印を着用する

認知症が進行すると注意力散漫となり、記憶力に問題がでるため、徘徊して迷子になることがあります。

名前や連絡先を書いブレスレットやIDタグを身に着けてもらうと、迷子になる可能性は減ります。また、本人にGPS装置を身に着けてもらい、家族が携帯電話で追跡できる「位置確認」アプリケーションも数多くあります。

家庭内の転倒やケガを防ぐ

認知症患者では身体機能も低下するため、転倒のリスクが高くなります。転倒の大部分が家の中でおこるため、家の環境整備が重要です。

  • 家具の配置を変更しない
  • 床を片づける(緩んだ電気コード、滑りやすい敷物をとりのぞく)
  • 浴室に電気器具をおかない
  • 浴室に手すりを設置する
  • 給湯器の設定温度を下げる
  • 夜間に徘徊することが多いので、 本人の寝室に常夜灯を点ける。

認知症の方との接し方

認知症の方の介護は長丁場となりがちで、精神的に動揺したり疲れたりすることも多いと思います。全てはできなくて大丈夫ですが、以下のコツを意識するとコミュニケーションや介護の際の負担が少し減ることがあります。

本人への接し方

  • 毎日の計画を立て、必要に応じて柔軟に対応できるようにしておく。
  • 同じ質問や行動、発言に対しては、辛抱強く対応する。
  • ゆっくりと話し、一度にひとつの考えだけを伝える。
  • 認知症の方が誤った考えや事実を述べた場合、反論したり相手を責めたりしないようにする。話題を変えるか、誤りをそっと指摘しましょう。反論したり「真実」を相手に納得させようとするのは自然な反応ですが、怒りにつながる可能性があります。
  • 日常の活動、電話番号、日常作業の手順(電話、電子レンジなど)をリストアップするなど、記憶の手助けとなるものを利用しましょう。 これらのリストを貼っておき、本人が探す必要がないように目につきやすい場所に置いておくと役立ちます。
  • 運動を促してください。 毎日散歩するだけでも、身体機能の低下を防ぐのに役立ちます。
  • デイサービスやショートステイなどを利用してもらい、介護するご家族も必ず休養を取りましょう。本人は嫌がるかもしれませんが、介護が生活のすべてとなってしまうと長続きしません。
  • 毎日入浴させる必要はありませんが、清潔を保てるよう訪問入浴やデイサービスの利用を検討してください。

まとめ

認知症の治療するお薬はありません。早いうちに適切な診断と治療を受けることで、本人・ご家族の方ともにおだやかに過ごせる時間が長くなる可能性があります。

医師にお話しいただければ、治療や介護の方針を一緒に考えるお手伝いができます。ぜひ一度ご相談ください。

投稿者プロフィール

明石 祐作 Yusaku Akashi, MD, PhD
あかし内科クリニック(大阪府柏原市)の副院長です。総合内科専門医、家庭医療専門医・指導医、救急科専門医、医学博士。診療所から大病院まで、色々な医療機関で研鑽してきました(現在も継続中)。「最初に何でも相談できる医者」を理想とし、日々診療しています。